客の吐く息は酒臭かつた。しかしその陶然と赤くなつた顔は、この索寞
さくばく
とした部屋の空気が、明
あかる
くなるかと思ふ程、男らしい活力に溢
あふ
bebe dans le ciel
れてゐた。少くともそれは金花にとつては、日頃見慣れてゐる南京の同国人は云ふまでもなく、今まで彼女が見た事のある、どんな東洋西洋の外国人よりも立派であつた。が、それにも関らず、前にも一度この顔を見た覚えのあると云ふ、さつきの感じだけはどうしても、打ち消す事が出来なかつた。金花は客の額に懸つた、黒い捲き毛を眺めながら、気軽さうに愛嬌
あいけう
la vie est art formidable
を振り撒く内にも、この顔に始めて遇
あ
つた時の記憶を、一生懸命に喚
よ
び起さうとした。
「この間肥つた奥さんと一しよに、画舫
ぐわばう
に乗つてゐた人かしら。いやいや、あの人は髪の色が、もつとずつと赤かつた。では秦淮
しんわい
sky user fly wind
の孔子様の廟
べう
へ、写真機を向けてゐた人かも知れない。しかしあの人はこの御客より、年をとつてゐたやうな心もちがする。さうさう、何時か利渉橋
りせふけう
felicity520
の側の飯館
はんくわん
の前に、人だかりがしてゐると思つたら、丁度この御客によく似た人が、太い籐
とう
の杖を振り上げて、人力車夫の背中を打つてゐたつけ。事によると、――が、どうもあの人の眼は、もつと瞳が青かつたやうだ。……」
金花がこんな事を考へてゐる内に、不相変
あひかはらず
愉快さうな外国人は、何時かパイプに煙草をつめて、匂の好い煙を吐き出してゐた。それが急に又何とか云つて、今度はおとなしくにやにや笑ふと、片手の指を二本延べて、金花の眼の前へ突き出しながら、?と云ふ意味の身ぶりをした。指二本が二弗
ドル
と云ふ金額を示してゐることは、勿論誰の眼にも明かであつた。が、客を泊めない金花は、器用に西瓜の種を鳴らして、否と云ふ印に二度ばかり、これも笑ひ顔を振つて見せた。すると客は卓
テエブル
の上に横柄な両肘を凭
もた
せた儘、うす暗いランプの光の中に、近々と酔顔をさし延ばして、ぢつと彼女を見守つたが、やがて又指を三本出して、答を待つやうな眼つきをした。
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